知りたい!『見る』と『見つめる』の意味の違いと使い分け例

ものに対して目を向ける動作として『見る』や『見つめる』が使われます。どちらも同じ動作のようにも感じられるかもしれません。漠然と違う印象を持っている人もいるでしょう。その違いを明確にすると使い分けができるようになります。

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『見る』

  • 意味 :対象を視覚によって認識する。視覚から情報を得て判断をする。
  • 使い方:飛んでいる虫を見る。

『見る』は「視覚を使って対象を認識する」という動作を一般的に表します。目を向けて視覚の中に対象を収めて意識の中に入ったらそれだけでこの動作に該当することになります。

ぼんやりと眺めている場合も、しっかりと対象を睨んだ場合でも、うっかり視野に入ってしまったときにも使用できる表現です。能動的か受動的かということに関わりがなく、視覚が使われて対象が認識されたかどうかという点が重要になります。

目で認識するという動作をすると、人は物事を考えることがよくあるため、そこまでを含めて『見る』と表現することもよくあるので注意しましょう。「花を見て成長を記録する」ときには、ただ漠然と様子を眺めるだけでなく、細かな変化まで観察するという意味が生まれます。

また、「現物を見てから購入する」という場合には現物を実際に確認してよく調べてから購入するということになるでしょう。文脈によって視覚を使う以上の意味を持ちうるのが特徴です。

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『見つめる』

  • 意味 :対象に視線を固定してじっと見続ける。凝視する。
  • 使い方:彼女のことをじっと見つめる。

『見つめる』は「対象に対して視線を固定して見続ける」という動作を意味します。『見る』動作のうちでもとくに一点に集中するのが特徴です。視線だけでなく意識も思考も全てを対象に集中させる動作となります。

ただの動作を意味するだけでなく、その意識の持ち方についても印象を与える効果がある表現になるため、使うときには状況をよく考えることが必要です。

「凝視する」という言葉でも置き換えられるように、目を凝らしてしっかりと強い意識を持って対象を『見る』動作になります。受動的であることは決してなく、能動的に何か目的を持って視覚を利用している動作なのです。

考え事をしていた結果として、相手を『見つめる』ことになってしまう場合もあります。意識のあり方が何かに集中している状態と理解しておくと良いでしょう。ただし、意識が見ているものとは他にある場合にはぼんやりとしていて眺めるという表現が正しくなります。

『見る』と『見つめる』の使い分け例

『見る』と『見つめる』の違いは動作や意識が一つに集中しているかどうかです。その点を意識して使い分けの例を見てみましょう。

「彼を見る」という場合には視線を彼に対して向けているだけであり、それに対して特別な意味合いはありません。文脈によっては彼がどのような人かを判断するという意味にもなりますが、動作としてはただ彼に視線を移すこと以上のものではないのです。

これに対して、「彼を見つめる」という場合には彼に対して意識を集中している動作になります。何か彼におかしいところがあってそれを確認しようとしていたり、彼に見とれていたりといった形で理由は様々です。しかし、他の一切の行動をやめて、ただ彼に目線を向けて何かを考えることに集中することになります。

一方、「現実を見る」という場合には現実の状況を調べて判断するという意味になりますが、「現実を見つめる」になるとより詳細に調査を行って必死に考える様子が強くなります。集中の度合いの違いを示すのにもこの二つの表現を使い分けることができるのです。

まとめ

『見る』は視線を移して視覚により対象を認識する動作を一般的に表します。その中でも『見つめる』は一点に集中していることが特徴です。

一つの対象に意識を集中させて凝視するときには『見つめる』を使うと意図がよく伝わるでしょう。

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