「辞典」も「事典」も「字典」も、全部「じてん」と発音しますが、その意味には違いがあります。この3つは書き分けられていて、書き分けは原則的には簡単です。ですが、実際には例外も少なくないため、本来はどうであるかが分かりにくくなっています。
『辞典』
「辞典」の「辞」は、文字を連ねた単語(言葉、ワード)を意味します。その単語は、言語学的に扱われるものであり、社会的に定着した通俗的意味を持つものとして解説されます。
「国語辞典」がその用例としての典型であり、見出しとされる単語は、名詞に限らず形容詞や副詞や助詞なども含み、言語学的な分類がなされます。「英和辞典」などの用例からも分かるように、同義語への変換や簡単な意味解説を主目的とします。その言葉の用法の解説が付く場合もあります。
いずれにせよ、日常的に用いる言葉を見出しに羅列し、それぞれを言語学的に解説する本がこれです。「事典」との違いは、専門用語ではなく日常用語を採用し、通俗的に定着した意味を簡単に扱う点であり、「字典」との違いは、文字一字を見出しにするのではなく、文字を連ねた単語を見出しにする点です。
ただし、ここに記した事柄は、あくまでも原則であって、例外があることも事実です。「辞」と「事」と「字」とは、必ずしも排他的関係になく、重なり合う部分を持つため、使い分けには多少の曖昧さも含みます。
『事典』
「事典」の「事」は、言語学的な意味での「言葉」ではなく、諸学問で用いる専門的な「用語」のことを意味します。
「百科事典」がその典型となる用例です。見出しとした言葉をそれぞれの学問的立場から専門的に解説し、「辞」ではなく「事」を解説するものとなります。「辞」の解説であれば、同義語に置き換える程度でも済みますが、「事」の解説となると、同義語に置き換える程度では済まず、長々とした詳しい解説が必要になります。
問題とする「事」に関する分析を行ったり、その概念の定義を行ったり、関連する詳細事項を解説することになります。その言葉が用いられる専門分野における専門的解説、これを行うのがこの本です。ただし、各分野の専門用語辞典となると、「辞典」を名乗る場合があり、「事」の字を用いない場合が少なくありません。
結局、「辞」にするか「事」にするかは微妙で、必ずしも明瞭な排他的関係にあるわけではなく、どちらとも解釈できる余地があり、多少の曖昧さがあります。一般的には、「百科」を名乗らない場合、「辞典」とすることが多いです。
『字典』
「字典」の「字」は漢字を意味します。「康煕字典」がその用例の典型です。漢字一字を見出しにして、それを解説するのがこれです。
ただし、今日の日本では、「漢和字典」と書くべきであっても、多くは「漢和辞典」と書いている場合が多いのも事実です。漢和辞典は、見出しにした漢字一字の成り立ちや意味に関する解説もしますが、その漢字を使った熟語を多数羅列し、その意味を解説する部分の方が量的に多いので、「辞典」と書くことが多くなったと思われます。
二字熟語などの解説であれば、確かに辞典と名乗る理由があります。漢和辞典は、「字」の解説と「辞」の解説との両方の性質を併せ持っていますから、どちらを用いても間違いではありませんが、今日では、「辞典」とする場合が多いです。文字一字を見出しにする辞典類は、漢字の解説以外にありませんから、かなり特殊であると言えるでしょう。
また、特殊であるため、漢字一字の解説が基本であるのに、馴染みがあり一般的でもある「辞典」を名乗る習慣ができたのだと思われます。
まとめ
「辞典」「事典」「字典」この書き分けは、意味の違いの原則はあるのですが、「辞典」に緩やかに統一される傾向があります。「辞典」は、この3つの概念の全てを包括もします。なぜなら、どれもが言葉(辞)の解説を確かに行っているからです。
ただし、固有名詞になっていたり、「百科事典」のように定着した用法習慣がある場合、それに従うしかありません。