『煩わしい』と『面倒くさい』の意味の違いと使い分け例

何かに対して前向きに取り組めないというときに抱く感情に『煩わしい(わずらわしい)』と『面倒くさい』があります。どちらも目の前の物事から逃げ出したい気持ちに駆られる表現ですが、違いが大きいことから個々の意味を理解して使い分ける必要性が高いものです。

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『煩わしい』

  • 意味 :手間がかかることが負担に感じられて気が重くなる様子。
  • 使い方:煩わしい仕事には手をかけたくない。

『煩わしい』は「ある物事に対して手間がかかるのが精神的な負担に感じてしまう様子」を示します。ただ手間がかかるだけでなく、精神的あるいは心理的な負担が大きくなってしまうのが特徴です。

その人の精神面の影響が大きく、同じ物事であっても、人によって捉え方が異なるため、煩わしくは感じない人もいます。ある物事を一度経験していたり、それまでの異なる経験から予測してどのような内容になるかがわかったりして、取り組むのに気が重くなってしまう場合があるでしょう。その際にその物事が『煩わしい』という表現をすることになります。

予測に基づいていたり、自分の考えの中でより負担が大きくなるのではないかとマイナスイメージを膨らませたりしていることで、気が重くなる原因が漠然としたものになりやすいのも特徴です。

また、予想される問題を解決していくために頭を使わなければならない場合が多く、それが精神的な負担につながっていることがしばしばあります。

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『面倒くさい』

  • 意味 :手間がかかって関心が持てないことからやる気が起こらない様子。
  • 使い方:この仕事は面倒くさいから人に任せよう。

『面倒くさい』は「ある物事に対して興味や関心が持てず、手間がかかることからやる気が出ない様子」を表します。『煩わしい』に比べると精神的な負担が大きくはない表現となっていて、基本的には避けられるものなら避けたいという意思表示に用いられる言葉です。

客観性が高い根拠に基いて手間がかかることや関心が持てないことを説明できる場合が多いでしょう。その客観性が得られる背景には対象となっている物事が具体的でわかりやすいからです。はっきりと内容がわかっているから思い悩む必要があまりなく、『煩わしい』と感じるときのように精神的な負担が生じてしまいにくくなっています。

ただし、その結果としてやる気が起こらないかどうかについては主観によって判断されます。どれだけ避けて通りたいという気持ちがあるかによって取り組めるかどうかが変わるでしょう。対称となる物事について深く悩むことがあまりないのが『面倒くさい』という表現をするときの特徴です。

『煩わしい 』と『面倒くさい』の使い分け例

『煩わしい』と『面倒くさい』はどちらもある物事に対して取り組む前向きな意志がなくなってしまっている状態を示しますが、状況は大きく違います。

「この工場での作業は煩わしい」というときには、この工場で作業をすることを考えてみると、負担に感じられることが次々に思い浮かんできてしまって作業に携わりたくないというのが抱かれている気持ちです。

その『煩わしい』気持ちが作業内容が自分のやりたくないことだからという場合もあれば、工場の上司が付き合いづらい人である場合もあり、さらには同僚に会いたくない人がいるような場合もあるでしょう。考えれば考えるほど精神的な負担が大きくなってしまって関わりたくないと感じられてしまうのです。

一方、「この工場での作業は面倒くさい」という場合にはより単純で具体的なことが多く、作業が単調作業だったり作業量が多かったりしてあまりやりたくないという程度の意味になります。このように考えることによってより精神的な負担が大きくなるような場合には『煩わしい』ものになるのです。

まとめ

『煩わしい』も『面倒くさい』もこれから行う物事に対する後ろ向きな気持ちを示す表現です。

その違いとして『煩わしい』は精神的な負担が大きく、考えるほどに状況が悪化しがちで気重になる状況を示しますが、『面倒くさい』の場合には比較的単純で客観的な理由からやる気が起こらなくて避けたい気持ちを表現できます。

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